全国表彰の受賞者

ラジオ体操の普及に寄与した功績の顕著な個人又は団体への表彰が、株式会社かんぽ生命保険、NHK、NPO法人全国ラジオ体操連盟の三者共催で毎年実施されています。この表彰は、かつての郵政省簡易保険局が、簡易保険創業40周年、郵便年金創業30周年の記念事業の一環として昭和31年9月から府県別表彰を実施したのが始まりです。その後、同37年10月には全国・地方表彰が加わり、今日に至っているものです。

本ホームページでは、これらの受賞者の方々の中から全国表彰受賞者で取材に応じていただけた個人もしくは団体の代表者の方にインタビューし、エピソードを交えながら順次ご紹介していくものです。(掲載は順不同)

平成30年度ラジオ体操優良団体等全国表彰受賞者

平成30年度の全国表彰は7個人、7団体が受賞し、8月5日、岡山県倉敷市で開催された1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭にあわせ同地で表彰式が行われました。(都道府県別に北から、受賞者名50音順で表示。)
  • 北海道 志和 秀春 さん  未掲載
  • 青森県 長内 禎子 さん  掲載済
  • 千葉県 田島 節子 さん  掲載済
  • 東京都 今井 要一 さん  掲載済
  • 東京都 大澤 俊 さん  掲載済
  • 山梨県 土屋 直 さん  未掲載
  • 長野県 テクノエクセル株式会社 さん  未掲載
  • 富山県 株式会社中西電気 さん  未掲載
  • 静岡県 内田 一郎 さん  未掲載
  • 兵庫県 王子すみれ会 さん  未掲載
  • 鳥取県 株式会社井木組 さん  未掲載
  • 山口県 金子運送有限会社 さん  未掲載
  • 徳島県 石井町ラジオ体操会 さん  未掲載
  • 長崎県 高瀬建設株式会社 さん  未掲載

長内 禎子(おさない ていこ)さん

《青森県青森市》

◎スポーツクラブにラジオ体操を採用

 長内さんは高校生のとき器械体操を経験、卒業後に高校の体育助手になりました。その後、幼児教育にも関わり、一時は今で言うキャリアウーマンを目指しましたが、結婚で主婦業専念に方針を転換しました。しかし、30代半ばごろから社会との関わりを持ちたいという気持ちが強くなり、昭和46年に市の教育委員会が主催する「女性のための健康教室」に参加し、翌年に同教室の参加者らの要望で「青森市女性スポーツクラブ」が発足、昭和52年からは長内さんが指導することになりました。

 このクラブは今年3月に閉じるまで46年間続きました。クラブでは、様々な運動を行いましたが、最後に必ず整理運動としてラジオ体操を行っていました。長内さんは「全身の筋肉をほぐすのにぴったりの体操だからです」とその理由を語っています。

◎率直な人柄が評価される


長内 禎子さん

 地味ではあるものの、長内さんの活動は体育教育に関わる周囲の人々の目に留まります。市や県の依頼で各地のスポーツセンター、市民センターなどで「健康教室」が開かれるたびに講師として派遣されるようになりました。この間、昭和55年に青森県トランポリン協会理事長、平成8年に青森県体育協会副理事長、そして青森県ラジオ体操連盟理事、理事長として今日まで23年間務めています。

 「普通に好きなことをしてきただけなのに、何故声がかかるのだろう」と考えていましたが、ある人から「率直な話をしやすい人柄だから」と話されたことがあるそうです。ご本人は「女性を意識しないということらしい」と笑って話していました。

◎大病回復のカギは気質とラジオ体操

 現在、長内さんは毎月2回、青森市の高齢者のための趣味講座「健康体操教室」の講師をしています。ここではラジオ体操を含め、正しい動きを指導していますが、モットーは楽しく行うこと。「とにかく普段から出来るだけ身体を動かすように」「食べ物をしっかり食べて筋力を保つ」などの生活上の留意点を説きながら、進めます。

 教室の終わった後の有志による昼食会では、時にビールを楽しみながらの和気あいあいの場をもちます。長内さんの信条は「やりたいことをやり、好きなものを食べ、かつ飲む。ストレスをため込まない」です。70代にいくつもの大病を経験しましたが、今はすっかり健康を回復しています。「周囲から治りが早いと言われました。この気質とラジオ体操のおかげですよ」とさわやかな笑みを浮かべていました。

【2018年11月8日掲載】

田島 節子(たじま せつこ)さん

《千葉県市川市》

◎指導と普及にまい進

 田島さんは30代半ばのころ、小2と小3の子どもたちと、夏休みに近所の公園のラジオ体操に参加しました。子どもたちに夏休み中の規則正しい生活をさせたいとの考えからでしたが、自営業で外へ出る機会の少なかった自身にとっても気分転換と健康維持に役立ちました。その公園で指導していた故、横山早苗氏に勧められ、翌年には錦糸町の講習会(東京都ラジオ体操連盟主催のラジオ体操指導者講習会)に参加して指導法を学びます。そして横山氏とともに行徳ラジオ体操会を設立、副会長となりました。

 以後、今日までラジオ体操の指導と普及にまい進してきたと言っても過言ではないでしょう。南行徳公園、広尾防災公園と2か所の会場を立ち上げています。後継者として6名の指導員を育成する一方で、現在も毎年錦糸町へ通って指導法の点検を欠かさないようにしています。

◎支え合う夫婦


田島 節子さん

 家業は屏風や襖を製作する表具師の仕事です。夫の義弘さんは、屏風で「千葉県の卓越した技能者」の指定を受ける現代の名工。田島さんはその助手として仕事を手伝いながら主婦業も務め上げてきました。「毎日、家にいるので絶対に朝のラジオ体操を休まない。横山さんから頼りにされたのはそのことも大きかった」と笑います。一方で、ラジオ体操ばかりでなく、好きなスポーツにも打ち込んだ経験を持ちます。「国立競技場での夜間のランニング教室に4年間通い、毎年1回はフルマラソン」を走りました。山登りでは富士山に過去3回登頂しましたが、「頂上で仲間や夫と一緒にラジオ体操を行い、周辺の多くの人を巻き込んで爽快感を味わった」などというエピソードもあります。互いに支え合う夫婦の姿そのものです。

◎さらに会場立ち上げに意欲

 現在、田島さんは最初の行徳駅前公園の指導を後進に任せ、1週間の内、月曜日から金曜日までを南行徳公園で、土日の2日間を広尾防災公園での指導にあてています。南行徳公園も広尾防災公園も家から少し距離がありますが、自転車で通います。フォローアップ講習会など、他に外せない用のあるときは、義弘さんとお仲間が代わりにラジオを持って公園へ行きます。普及に関して、市の教育委員会を通じて小学校への働きかけなども行いますが「一番は市内に新たな会場を立ち上げること」と思っています。

 「主人は床に就くまでは刷毛を離さないといつも言っています。私も床に就くまでは指導と普及活動をやめません」とラジオ体操の普及にかける覚悟を語っていました。

【2018年11月8日掲載】

今井 要一(いまい よういち)さん

《東京都台東区》

◎初めは半強制だった

 自営業で、サラリーマンより時間の拘束が少なかった今井さんは、町会から頼りにされてきました。ラジオ体操との縁も、40代の頃、町会の文化部長となったことから始まりました。ラジオ体操が担当の1つだったのです。同じく担当した子ども会でも夏休みのラジオ体操との関わりがあり、行事の手伝いをする中で、先輩から指導法を学びました。「熱心な方がおられて鍛えられました」と言います。

 以来ラジオ体操一筋かと伺うと「その当時は、面倒くさいと思う時もあった」そうです。ただ、後継者を育てようと人々を勧誘しているうちに「まさか自分がやめるわけにはいかない」と思い直したとか。「初めは半強制だったのですよ」と笑う今井さんです。

◎女性2名を副理事長に


今井 要一さん

 戦後に再開されたラジオ体操の第一声は台東区からでした。区内にある松葉公園から実況放送されたという、記念すべき歴史があります。台東区ラジオ体操連盟は18か所の年中会場と141か所の夏休み会場を抱える大所帯。毎年夏には11地区で地区大会を行い、延べ6000名が集まります。また夏休み前には多胡肇氏を講師に4日間の指導者講習会を開き、こちらも毎年200名近くが参加します。

 今井さんは、その伝統ある連盟理事長にこの4月に就任し、それと同時に4名いる副理事長のうち2名を女性に指名しました。「区内でラジオ体操をしている人は女性のほうが多くなっています。女性にもっと活躍してほしい」との思いからです。

◎よく耳を傾けるリーダー

 毎朝ラジオ体操の指導を入谷南公園で行う今井さんですが、終えた後には上野公園などを約1時間半から2時間かけて歩き1万歩を超えます。時々、80代の仲間と山歩きをしますが、それが可能なのも日頃のこの鍛錬の賜物なのです。

 自営業は7年前に止めていますが、町会長も続けているため、「毎日何かしらの行事がある」という多忙さです。今回の取材の間もひっきりなしに電話が入り、その忙しさを目の当たりにしました。見せていただいた自作の詩に「私の出来ることは聞くことだけです」というフレーズがありました。人の話によく耳を傾けるリーダーなのであろうと推測しました。

【2018年11月8日掲載】

大澤 俊(おおさわ たかし)さん

《東京都杉並区》

◎父の遺志を継ぐ

 大澤さんの父は区役所勤めでしたが定年を前に50歳で職を辞し、以後の人生を地域への貢献に奮闘しました。ラジオ体操もそのころから始め、妙正寺公園ができた昭和38年に、同公園で会場を立ち上げました。大澤さんは昭和42年に新設された近くの特定郵便局の局長に就任したのを機に、父が普及に力を入れるラジオ体操を側面から支援しました。その後、妙正寺公園での指導を引き継ぎ、この春まで会長を務めました。父が20年、息子が30年にわたって同会場を支えたのです。

 自宅から郵便局のある職場までの道筋に、ラジオ体操会場と先祖の時代からお守りする神社があり、毎朝、神社の掃除をして公園でラジオ体操、その後に職場へ通うことを続けました。

◎ラジオ体操は一日のけじめ


大澤 俊さん

 大澤さんは中学、高校とサッカーに取り組んだスポーツマンですが、運動に対する考え方は恬淡としています。「健康に良いからとスポーツで身体を酷使するのは違うと思う」と言います。ラジオ体操についても「参加者はそれぞれのマイペースで行うことが大事」と考えています。長年ラジオ体操会で指導した経験から「誰しも年を取れば、体が思うように動かなくなるのであって、若いときのように動かす必要はないです。無理をするのは体を壊す元」と話していました。

 ラジオ体操の効用については「早朝に行うことで、その日の行動を起こす前のウォーミングアップとなる」とし、日々の生活のアクセントとしての役割を重視しています。

◎芝生の上でラジオ体操も

 先祖は400年前にこの地に住み着き養蚕などを営みました。同家に伝わる古文書は杉並区の指定有形文化財です。大澤さん自身、生まれてこの方、この地を離れたことはなく、まさしく地域に密着した人生を送ってきました。15年前に退職した大澤さんですが、以後は地域の様々な公職で席の温まる暇もないと言います。自治会、小中学校、神社などを維持するための様々な役割に積極的に取り組んでいます。

 そんな大澤さんが今楽しみにしているのが、自身も卒業した近所の小学校の校庭を四季の芝生で覆うこと。「校庭の芝を守る会」の会長になってさらなる成長を願っています。子どもたちが芝生の上で裸足になってラジオ体操をする姿が目に浮かぶようです。

【2018年11月8日掲載】

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